大判例

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名古屋高等裁判所 昭和58年(う)259号 判決

本籍・住居

愛知県豊田市十塚町二丁目一番地

司法書士

岡田鎌太郎

昭和七年六月二三日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五八年七月一八日名古屋地方栽判所が言い渡した判決に対し、被告人から適法な控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官鈴木芳一出席のうえ審理をして、次のとおり判決する。

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年二月及び罰金三〇〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶与する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人加藤猛名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官古橋鈞名義の答弁書に、それぞれ記載されているとおりであるから、ここにこれらを引用するが、右控訴趣意の要旨は、原判決の量刑が本件につき懲役刑を科した点において重過ぎて不当である、というのである。

所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討するに、証拠に現れた被告人の性行、経歴、前科をはじめ、本件各犯行の動機、態様、罪質等、とくに、本件は、司法書士、土地家屋調査士、行政書士の資格を有し右各業務を営んでいる被告人が、昭和五四年ないし五六年の各年度分の所得税の確定申告をするに際し、虚偽過少の所得税確定申告書を原判示税務署に各提出し、もって、原判示のとおり、合計一億一九八三万七五〇〇円の所得税を免れ、その本来の税額に対するほ脱額の割合は八九・六パーセントに達するという各所得税法(昭和五六年法律第五四号による改正の前後にわたる。)違反の案件であって、右ほ脱の期間、ほ脱率及びほ脱総額などを総合考慮すると、被告人を懲役一年六月及び罰金三〇〇〇万円、(右懲役刑につき三年間執行猶予)に処し、被告人に対し厳しい反省を求めようとした原判決の量刑の意図はこれを首肯することができる。しかしながら、原審で取調べた証拠及び当審における事実取調べの結果を総合すると、被告人は、原判決言渡しの前後にわたり、昭和五四年度乃至同五六年度分の本件各違反に伴う原判示ほ脱税額及び重加算税等並びに個人事業税及び市県民税の不足額等として合計二億二八六二万余円(原判決後の納付額は四〇二八万余円)を既に納付したことがほぼ認められること及び被告人の現在における改悛の情、被告人の現在の経済状態等に併せて、被告人は、本件について執行猶予付懲役刑の判決が確定すれば前記司法書士等の資格を喪失するに至ること、被告人は最近数年は、肝硬変、すい臓炎などで度々入院するなど病気がちであって、今後他の職業に就くことも容易ではないと考えられること、被告人には公職選挙法違反罪で一回罰金刑に処せられたほかには前科がないこと、被告人はかつて十数年にわたり、知立町長、愛知県議会議員などの公職を歴任したものであることなど原判決宣告前に判明していた被告人に有利な情状をも加味して考量すると、被告人を罰金刑のみで処断することを相当とするほどの特段の情状は見出せないとはいえ、原判決の前記量刑はいささか重きに至ったと認められるので、原判決はその刑を是正するため破棄を免れない。論旨は結局右の限度において理由があることに帰着する。

よって、刑事訴訟法三九七条二項に則り原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書に従い、当裁判所においてさらに判決する。

原判決が認定した事実に、その示すところと同一の法条を適用(刑種及び罰金額の選択併合罪の処理を含む。)し、その刑期の範囲内で被告人を懲役一年二月及び罰金三〇〇〇万円に処し、刑法一八条により右罰金を完納することができないときは、金五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、前記説示の情状により、刑法二五条一項を適用して、この裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉田寛 裁判官 土川孝二 裁判官 虎井寧夫)

○ 控訴趣意書

所得税法違反 岡田鎌太郎

右の者に対する頭書被告事件の控訴趣意は次のとおりである。

昭和五八年九月二二日

右弁護人 加藤猛

名古屋高等裁判所 御中

原判決の刑の量定は不当である。

被告人が原判決認定通りの脱税をなした事実は争わないが、次に記載の情状により、被告人に対し、懲役刑を科するのは不当である。

一 所得税の申告につき、被告人は、税理士福沢悌輔に全て任せていたのが実情で、被告人自身に脱税をしようとする積極的意図は全くなかったものである。

被告人は、昭和四二年頃、父岡田太郎の事務所とは別個に、自己の司法書士等の事務所を開設したが、当時は県会議員であって、政治活動に専念しており、経理関係は母アキエにおいて全て処理し、被告人がそれに関与することは殆んどなかった。被告人が実際に司法書士等の業務に専念できるようになったのは、県会議員を辞して二年後の父と交替し、豊田市内の事務所(以下豊田事務所という)へ行くようになってからであるが、以降も被告人は、今度は司法書士等の業務の内、仕事を集めてくる営業活動に専念し、経理事務、税の申告等については、事務員あるいは福沢に任せ切りという従前通りの状態で、その詳細は全くといっていい程把握しておらず、そのため、豊田事務所へ替った同五二年分の税の申告については、福沢より「前年、父太郎はこれこれの額を申告したから、今年はこれだけは申告した方がいい」と、前年度より若干多い金額を申告する旨の連絡を受け、被告人もいわれるままにそれを了解したのが実情であった。

ところで、本件の脱税は、原判決の通り「取扱事件年計報告書、取扱事件年計表及び業務報告書等に基づいて営業収入金額を計算する方法等により所得の一部を秘匿した」ものであるが、元々右各報告書(以下単に各報告書と表示する)は、税の申告を意識して作成された文書では全くない。

例えば、取扱事件年計報告書でいえば、この報告書は、愛知県司法書士会々則第八六条一項に、同会々長宛に提出するよう規定されているため、その余の報告書についても、愛知県行政書士会、愛知県土地家屋調査士会の各会則に規定されているため、いわば仕方なく作成していた文書である。そうして、各報告書は、豊田事務所の事件簿等の記載を基にし作成されるが、事件簿への事件の記帳は、主として被告人においてなしていたところ、被告人不在の間に、申請書類が法務局へ提出されてしまうと、申請書類の控を作成していないことから、どの件が法務局へ提出されたのか把握することができない等の理由により、結果的に記帳されない事件が多々生じ、従って事件簿の記載延いては各報告書の記載は、報告書の取扱った事件の全てを把握する資料としては、正確性を欠くものであったし、被告人の所得を把握しうるような資料では倒底なかった。

ところが、各報告書が被告人の所得算出の基礎資料として使用されている訳であるが、その経緯は、同五三年分の税の申告の際、福沢から「今年は『士』族の年で、税務署が何か根拠になるものをつけろといっている」と、税務署において「士」のつく職業者の申告を厳しくチェックしているため、申告額の根拠として添付したいから、各報告書を持参するようにとの連絡があり、被告人は指示されるままこれを持参したところ、後に福沢から「あのままの数字では税務署は納得しないから、一五から二〇パーセント水増しして出す」旨の連絡をうけ、その後は毎年申告時頃になると、各報告書を持参し、あるいは福沢がとりに来るようになった。

以上のような経緯で、各報告書が使用されるようになったが、そうして被告人は福沢からの前記連絡により、各報告書が所得算出の基礎資料として使用されていることは承知しており、従って税の申告が過少になされていることは承知していたが、被告人から福沢に対し、正確に申告するよう指示することもせず、全て任せ切りという従前通りの状態できてしまったたため本件の脱税となったもので、以上の通りの経緯であり、前記の通り被告人は、各報告書を税の申告を意識しては作成しておらず、更に、これを利用し脱税しよう等という積極的な意図は全く有していなかったものである。

なお、右に記載の事実は、福沢の大蔵事務官に対する質問てん末書に記載の内容、特に、

1 各報告書を使用しはじめた時期に関する「税理士として関与するようになってから約一五年程になりますが、当初からこの年計報告書を基にしていました」(同五七年五月六日付問五に対する答)

2 使用しはじめた動機に関する「司法書士会等に提出するものは正しいものだから、これを基本として収入金額を計算してほしい旨の鎌太郎からの指示により、やむなくこれで計算していた」(右同)

3 所得の実額の把握についての「領収書控で集計すれば計算できるのですから、何度となく鎌太郎に呈示するように努めました」(右同)

と大幅に異るものである。

然しながら、右1の時期については、被告人の検察官に対する供述調書第八項にも記載の通り、豊田事務所へ替った翌年分(五三年分)からであり、又右2については、全く事実と正反対としかいいようのないことであり、右3についても、豊田事務所に過去四、五年分の領収書は全て保管してあり(被告人の大蔵事務官に対する同五七年四月二七日付質問てん末書問五に対する答)、それを見せなかったり、出ししぶったりした事実等全くなかった、というよりむしろ、源泉徴収済の領収書以外はほとんど呈示を求められたことがなかったのが実情であり、このことは、福沢が、五二年分については父太郎の前年の申告額を若干水増しすることで、又五三年分以降は各報告書により税の申告をなしており、従って税控除のための右源泉徴収済分以外は、何等見る必要がなかったことからも裏付けられるものである。

以上の通り、福沢の質問てん末書に記載の内容は事実とあまりにもかけはなれたものであるが、万一福沢において従前の税の申告の実状をありのまま述べれば、福沢自身に税理士の資格問題が起きかねない状態であったと思料されるため、福沢が述べたことも理解できない訳ではなく、更に被告人は、本件脱税の調査が開始されて以来、一貫して福沢から「調査官のいわれる通りにして頭を下げていれば、全て金で済むことだから」といわれてきており(被告人が資格喪失につながる懲役刑が科せられるかも知れないと知ったのは、原審第二回公判の直前である)、そのため、全て福沢の指示通りにすると共に、極力福沢に迷惑のかからないように配慮してきたが、結果的には原審において懲役刑が科せられ、資格が喪失すれば今後の生活の目処もつかない状態に追い込まれたため、福沢に責任を転化する意図は毛頭ないものの、被告人において積極的に脱税を意図したものではない点を御理解願いたく、その実情を申し述べるものである。

二 被告人は、本件の調査結果に基づき修正申告し、その本税、重加算税等次に記載の金員合計二億三四六八万〇九五〇円を完納しており、既に実害のない状態となっている。

(一) 所得税関係

昭和五四年分 合計四八七八万六〇〇〇円

(弁護人請求にかかる証拠ナンバー1による)

同五五年分 合計八二〇二万七四〇〇円

同五六年分 合計五四六七万〇八〇〇円

右合計 一億八五四八万四二〇〇円

(二) 個人事業税関係

昭和五四年分 合計二五七万七〇五〇円

同五五年分 合計三九九万三六五〇円

同五六年分 合計二八八万三二〇〇円

右合計九四五万三九〇〇円

(三) 市県民税関係

昭和五四年分 一一九一万一〇一〇円

同五五年分 一六二〇万三三八〇円

五六年分 一一六二万八四六〇円

右合計 三九七四万二八五〇円

以上合計 二億三四六八万〇九五〇円

三 被告人は、本件を契機に、被告人自身の従前のルーズな対処の仕方を深く反省し、同五八年六月からは、経理専門の従業員神谷を雇用し、全ての入、出金を正確に把握すると共に、税の申告については福沢に代え、河合公認会計士事務所に依頼して、入、出金を全てコンピューターに入力し、各種の書類を作成することとし、再犯の起きる可能性がないシステムとした。

四 被告人に懲役刑が科せられると、被告人は、その有している司法書士等の資格を全て喪失することとなる。被告人は、従前議員生活と、司法書士等の業務以外は全く経験したことがなく、既に年齢も五一歳であって、今更転職の可能性もなく、今右各資格を喪失すると今後の生活(被告人自身と前妻並びに子供)の目処が全く立たない状態に追い込まれるものである。

確かに資格を有するものは、それだけの自覚と責任を持たなければならないことは事実であるが、本件は収賄とか一般の破廉恥罪ではなく、被告人の資格を喪失させなければ社会正義が保てないという事案では必ずしもないものと思料されると共に、被告人は、前記の通り本件で既に二億三四六八万〇九五〇円支払い、更に罰金三〇〇〇万円も判決が確定すれば直ちに支払う予定であり、そうすると合計二億六四六八万〇九五〇円支払うこととなり、一億一九八三万七五〇〇円の脱税に対し、その三倍に近い金員の支払いを余儀なくされる(既に被告人の支払能力の限界まできているものの、しかし、この点は被告人の犯した行為から当然のことと思料されるが)と同時に、更にそれに加えて、ほとんど無一文に近い状態となった被告人から更に職業まで取上げることになるとすれば、それはあまりにも過酷であるといわざるををえないものである。

以上の情状を御考慮頂き、被告人に対しては、ぜひとも罰金刑のみで処断されたい。

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